「坂田藤十郎」の名跡復活を考える


 土曜の夜でしたか、Nスペの「幻の藤十郎」という番組を見ました。


 そもそも、皆さんは「坂田藤十郎」って、ご存知でしょうか?恐らく日本史マニアか演劇好きな人以外であれば、「アホの坂田師匠の親戚?」ぐらいにしか思われないかもしれませんが、坂田師匠とはまったく関係ないw、歌舞伎俳優の名跡です。


 歌舞伎は、江戸時代中期に市川団十郎坂田藤十郎によって完成された、と言われています。市川団十郎江戸歌舞伎を作った人で、「荒事」と呼ばれる大げさな仕草や荒々しい動作があるのが特徴です。一方の坂田藤十郎上方歌舞伎を作った人で、「和事」と呼ばれる、ストーリー性の高い情緒的な展開が特徴です。江戸時代は、まさに江戸の団十郎と上方の藤十郎が歌舞伎の「両輪」となって引っ張っていました。その後、団十郎の名跡は現在十二世まで脈々と続いていますが(現団十郎の息子が市川海老蔵大河ドラマで武蔵をやった方ですね)、藤十郎の名跡は三代で絶えてしまいました。


 そんな中、昨年「坂田藤十郎」の名跡が約200年ぶりに復活しました。三代目中村鴈治郎(奥さんは参議院議員扇千景)がその名跡を継ぎました。それだけであれば、別にだからどうなのよ、って話になるのですが、この「藤十郎」名跡というのは、ものすごい重みというか、意味があるのです。


 初代藤十郎の芸の考え方は、平たく言えば「人の真似をしてもその人を超えることはできない。自分なりの芸を確立せよ」ということ。江戸歌舞伎は先人の芸を一動作も間違えずにきっちりと受け継ぐことが大事とされます。これが上方歌舞伎では、そんなことをすれば「何をやっている」と怒られるそうです。先代はこうやっていたけど、私ならこうやる、という感じですね。


 番組で言っていたのですが、鴈治郎さんが藤十郎を意識し始めたのは、20代のころらしいです。男役(徳兵衛)が女役(お初)の手を引いて幕引きする場面があるのですが、女役をしていた鴈治郎さん(当時は扇雀)が思い余って男役の手を自ら引いて幕引きをしたということがあり、このとき鴈治郎さんは藤十郎の言ったことの意味に初めて気付いたということです。


 そして鴈治郎さんは50代のとき、「近松座」を立ち上げます。浄瑠璃作家で有名な近松門左衛門は、藤十郎の芸にほれ、藤十郎のために歌舞伎の台本を結構書き下ろしたそうです。ところが台詞回しが難解であり、藤十郎でしかできなかったということです。近松は、藤十郎の死後は浄瑠璃の世界に戻り二度と歌舞伎は書かなかったそうです。近松の台本は今に伝わっていますが、やはり難解なため、ほとんどが改作されています。これを、近松の書いた原作通りに演じようというのが「近松座」ということです。そこで見事に藤十郎の演技を復活させたそうです。


 初代藤十郎の演技については、初代団十郎が、「藤十郎が生きている間は上方に行っても無駄なことだ」と言わしめるくらいの名役者振りだったようです。それは、上の二つのこと、つまり「人と同じことをしない」「難解な言い回し」のエピソードによくあらわれています。このような偉大な名跡だったからこそ、なかなかそれを継ぐ人が現れなかったのでしょうね。しかし鴈治郎さんは、200年前に絶えてしまった先人の芸を、とことん追求していたのでした。


 このような藤十郎へのあくなき追求がやがて名跡復活へと結びつきました。鴈治郎さんはまた、上方歌舞伎の衰退も懸念されていまして(実際現在江戸歌舞伎の俳優人口に比べ上方歌舞伎の俳優人口は少ないらしい)、上方歌舞伎を今一度盛り上げるためにも上方歌舞伎の頂点の名跡である藤十郎の復活は必要であると考えていらっしゃるようです。


 そういった鴈治郎さんのひたむきな活動も素晴らしいのですが、70歳にして、人間国宝にしても、さらに芸を追及している姿はすごいですね。人間国宝でも、踊りの稽古を踊りの先生について稽古しているんですからねー。その何事に対しても謙虚な姿勢は、人間として見習いたいものです。「なんでも金で買える」なんていうのは、やっぱり問題外ですよw


 平成の藤十郎は始まったばっかりです。今後とも、上方歌舞伎の発展のため、大いに活躍してもらいたいものですね。(なお、私は歌舞伎に関してはそんなに知識のない素人ですので、表現等で間違いがあるような場合はお許しください)



 さて、四代藤十郎さんの息子さんは、「(5代)中村翫雀」さんといいますが、読めますか?名前は「かんじゃく」と読みます。難しい字ですねー。この「翫」という字は、歌舞伎の俳優さんの名前にはしばしば登場してきます。もとは、「中村芝翫」の名跡からきているようです(現7代芝翫さん、息子が9代福助と3代橋之助。娘は現18代勘三郎の妻)。しかし、この「翫」という字、習へんに元って?!なんか得体の知れない取り合わせでどんな意味をもつのか全く見当がつきません。そこで、漢和辞典で調べてみたら…

【翫】 ガン 《字義》もてあぞぶ(=玩)

 なるほど。もともとの音が「ガン」なのね。だったら、「元」の字が入っているのがなんとなく納得できますね。意味は「玩」と同じ、つまり「玩具」の「玩」ですね。だから「翫雀」さんは「スズメ(雀)をもてあそぶ(翫)」という意味になります。なかなか風流な名前ですこと。


 …ということで、もてあそばれましたねw裏山です。お疲れ様でした!
   (本日の歌舞伎の話は↑これが言いたかったための延々の前フリだったりします、半分ね^-^;)